
この物語について
リーダーになると、部下やチームのために頑張る場面が増えていきます。
誰かを支えたい。より良い環境を残したい。そんな思いは、とても尊いものです。
けれど、その優しさや責任感が強い人ほど、気づかないうちに一人で背負い込んでしまうことがあります。
この物語は、そんな一人の管理職が、「支えること」と「支えられること」の両方に気づいていくストーリーです。
1. 真琴さんが守りたかったもの
真琴さんは、52歳。
取締役兼部長として、ある事業部門を任されていた。
会社は何度か合併を繰り返してきた。
社名が変わり、組織が変わり、上層部の顔ぶれも変わった。
それでも、現場で向き合う仕事の本質は大きく変わらなかった。
長く一緒に働いてきたメンバーも多かった。
家庭の事情を抱えている人。
体調と折り合いをつけながら働いている人。
新しい挑戦に前向きな人。
変化に不安を感じやすい人。
本当にさまざまな人がいた。
真琴さんは、その一人ひとりの話を聞きながら、自身もプレイングマネージャーとして走ってきた。
大変ではあった。
けれど、嫌ではなかった。
自分が成長していくこと。
チームが少しずつ力をつけていくこと。
事業が前に進んでいくこと。
その全部がつながっているようで、真琴さんにとっては楽しい時間だった。
取締役を拝命したときも、プレッシャーはあった。
それでも、さらにこの組織をどう良くしていこうかと考えると、自然と力が湧いた。
期待に応えたい。
部下たちにも、もっと良い環境を残したい。
そう思っていた。
また、真琴さんには忘れられない女性の先輩がいた。
かつて信頼していたその先輩は、早期退職し、今は少し異なる業種で働いている。
その先輩が、いわゆる「ガラスの天井」を感じながら会社を去っていく姿を、真琴さんは寂しい思いで見送った。
だからこそ、自分はできるところまで踏ん張りたい。
後に続く女性たちが、もっと自然に力を発揮できる場をつくりたい。
そんな思いも、真琴さんを支えていた。
2. 頑張れば何とかなると思っていた
状況が変わったのは、上司が変わってからだった。
新しい上司は、数字を強く求める人だった。
「で、実績はどうなんだ」
「どんな改善案を出せるんだ」
「もっとできることがあるんじゃないのか」
会議の場だけではなかった。
休みの日にも連絡が入るようになった。
真琴さんは、そのたびに考えた。
何とかしたい。
何とかしなきゃ。
部下たちのためにも。
事業のためにも。
後に続く女性たちのためにも。
相手が求めているものは何か。
どんな数字を示せばいいのか。
どんな改善案なら納得してもらえるのか。
同僚に相談した。
文献を読んだ。
業界の動向も調べた。
資料も何度も作り直した。
それでも、返ってくる言葉は厳しかった。
「まだ足りない」
「もっと考えて」
「それで本当に変わるの?」
真琴さんは、さらに考えた。
もっとできるはず。
自分が踏ん張らなければ。
3. 体調の変化が教えてくれたこと
そんな日々が続いていたある日。
真琴さんは鏡を見て気づいた。
髪の一部が、丸く抜けていた。
その瞬間、はっとした。
自分では大丈夫だと思っていた。
まだやれると思っていた。
もっと頑張れると思っていた。
でも、身体の方が先に気づいていたのかもしれない。
4. 「そういうわけにはいかない」
そんな頃、昔の上司と話す機会があった。
その上司は、真琴さんの働き方も強みもよく知っている人だった。
話を聞いた上で、静かに言った。
「今の上司は、そういうタイプだよね」
「真琴さんの良さが活かされにくい環境なのかもしれないね」
そして少し間を置いて続けた。
「本当にしんどかったら、一旦引くという選択もあると思うよ」
「状況が変わったら、また戻るという手もある」
真琴さんは、その言葉に救われた。
自分のしんどさを分かってくれる人がいる。
それだけで少し息が入った。
けれど、同時に思った。
そういうわけにはいかない。
ここで引いたら、部下たちはどうなるのか。
後に続く女性たちに、何を残せるのか。
期待してくれた人たちに、どう顔向けすればいいのか。
だから真琴さんは、もう一度踏ん張ることにした。
5. 部長、最近笑わなくなりましたよね
現実は簡単には変わらなかった。
上司の要求は続いた。
数字へのプレッシャーも変わらなかった。
改善案を出しても、さらに問いが返ってきた。
真琴さんは考え続けた。
どうすればいいのか。
何が足りないのか。
自分は何を見落としているのか。
そんなある日。
部下との面談があった。
その部下は、少し言いにくそうにしながら言った。
「部長、最近、笑わなくなりましたよね」
一瞬、言葉が止まった。
責められたわけではない。
注意されたわけでもない。
けれど、その一言は真琴さんの胸の奥に静かに届いた。
6. 一緒に考えたいんです
部下は続けた。
「部長が、私たちのために頑張ってくれているのは分かっています」
「でも、私たちは、部長にそこまで一人で背負ってほしいわけじゃないんです」
「一緒に考えたいんです」
真琴さんは、何も言えなかった。
部下を守りたい。
女性が活躍できる場を残したい。
期待に応えたい。
その思いは、どれも本物だった。
けれど、いつの間にか、自分が全部背負うことを責任だと思い込んでいたのかもしれない。
その日から、状況が劇的に変わったわけではない。
上司は相変わらず厳しかった。
数字も求められた。
改善案も必要だった。
けれど、真琴さんの関わり方は少し変わった。
一人で考えきってから伝えるのではなく、途中で相談するようになった。
「今、こういうことを求められている」
「私はこう考えているけれど、みんなにはどう見えている?」
「一緒に整理してもらえる?」
最初は怖さもあった。
部下に弱さを見せるようで。
頼りないと思われるようで。
でも、実際には違った。
部下たちは、真琴さんが思っていた以上に状況を見ていた。
それぞれの立場で考えていた。
そして、真琴さんと一緒に考えようとしてくれた。
7. 守ってきたつもりだった
帰り道。
真琴さんは駅のガラスに映った自分の顔を見た。
少し疲れている。
それでも、少しだけ表情が戻っている気がした。
状況は何も終わっていない。
上司も変わっていない。
数字も待ってはくれない。
それでも、あの日から少しだけ違っていた。
「部長、最近、笑わなくなりましたよね」
その言葉を、真琴さんは今でも時々思い出す。
それは、真琴さんを責める言葉ではなかった。
長い時間をかけて育ててきた関係性が、今度は真琴さんを支えようとしてくれた言葉だったのかもしれない。
守ってきたつもりだった。
でも、守られてもいた。
そのことに気づいたとき、真琴さんはようやく、少しだけ深く息を吸えた気がした。
リーダーは “何でもできる人” ではなく、その方らしさで目標達成の先頭に立つ方です。
自分の強みを活かしながら、
必要な場面では周囲の力も借りる。
その“組み合わせ”が、組織の力になっていきます。
この読み物に関連する研修:『管理職向けリーダー研修』
また、今、真琴さんのように、一人で頑張り続けている方がいたら、
誰かに答えをもらうためではなく、自分の気持ちを整理するために、
少し立ち止まる時間を持つのも一つかもしれません。
Ryokan’s roomでは、そんな対話の時間をご一緒しています。
公開日:2026年6月1日
※本記事は、筆者の研修・対話支援の経験をもとに、職場で起きる関係性のすれ違いを物語形式で再構成した読み物です。無断転載・複製はご遠慮ください。